我が家の風呂あがりルール「パンツを履く」を守るようなった理由

お風呂上り

何度も言ってるけど、パンツくらい履いてよ!

テルら

自分の家なんだからいいじゃないか、、、
お恥ずかしいですが、何年か前の夫婦の会話です。

そんな会話も今ではなくなりました。
何故かというと「風呂上がりにはパンツくらい履いてよ」の妻の言うことを実践するようになったからです。

本当は今でも、風呂上がりにパンツなんて履かなくても良いと思っています。
なぜ、パンツを履くようになったかというと、、、

「どうせ、私の言うことなんて聞かないんでしょ」この言葉を妻から言われたのがきっかけでした。

夫婦の信頼関係って、本当にちょっとしたことから崩れていくんです。
夫婦の信頼関係を壊さないためには、お互いの地道な努力が必要であることが、この記事を最後までお読みいただくと分かります!

風呂上がりのイメージは?

我が家は、妻以外に女性はいません。
息子2人も一緒に暮らしていますが、娘はいないので女性は妻1人です。

自分の感覚だと、とくに夏場は風呂上がりは裸で出てきて、扇風機の前で「あ〜暑い💦」なんて言いながら涼んでいるイメージですが、妻は違うようです。

まぁ、女性が裸で出てくることは確かにないような気がします。
40代、50代の女性が風呂上がりに裸を気にせず出てきたら、完全に引きますよね⤵︎⤵︎

パンツを履いて欲しいなら、脱衣所に持ってきてよ!

妻からは、以前より風呂上がりにはパンツくらいは履いて出てきてほしいと言われていましたが、その必要はないと思っていたので完全にスルー状態でした。

そんなに風呂あがりにパンツを履いて出てきて欲しいなら、「脱衣所にパンツを持ってきてよ!」と言ったこともありました。

「脱衣所にパンツ置き場を作れば?」なんてことも言った覚えもあります。

テルら

脱衣所にパンツを持ってきてよ! それがダメならパンツ置き場を作れば?

効率的に考える男子脳からすると理にかなっているような感じがします。(勝手に都合の良いように思っています)

それと、言われたことを「ハイ、ハイ」と素直に聞きたくない変な男のプライドがあるのかもしれません。

そのうち、妻も諦めたのか、言っても仕方ないと思ったようで自然と言わなくてなってきました。

どうせ私の言うことなんか聞かないんでしょ!

気がつくと「どうせ、私の言うことなんか聞かないんでしょ」という言葉が口癖のようになってきました。

テルら

「言うことを聞かない?」何のこと?

初めはどうして「言うことを聞かない?」なんて言うのか分かりませんでしたが、妻の言いたいことが段々と分かってきました。

✅風呂あがりにパンツを履かない
✅風呂あがりに換気扇のスイッチを入れない
✅トイレのドアを入っているか確認せず開ける
✅トイレで手を洗ったあとが水浸しになっている
✅納豆を食べた容器をそのまま捨てないでほしい

などなど妻からするとやってほしいことを、私が全くやらない!やろうともしない!
しかも、やろうと思えばすぐにできる簡単なことをやらない。

簡単なことをやらないのは人格を否定しているの?

その簡単なことをやろうともしないのは、私の言うことだけではなく「“私そのもの”のことなんてなんとも思っていない」人格や存在そのものを否定していると言わんばかりの口調になってきました。

これはマズイです。

人格を否定しているつもりは全くないのですが、確かにたいしたことではないことでも指摘されても直さないのは、無視されているような感じがするのかもしれません。

やる気にさえなれば簡単なことばかりなので、妻がしてほしくないことは1つずつ改めるようにしようと、ようやく真剣に思い始めました。

このままでは夫婦の信頼関係が、崩れいってしまいます。
そこで、まずは1つずつ実践していき行動が少しずつ改善されていきました。
最後に残った「風呂あがりにはパンツを履いて出る」を実践することにしました。

パンツを履くを習慣化するまで時間がかかる

やると決めたのは良いのですが、習慣化されていないことはなかなか出来ません。
パンツを風呂場へ持っていくことを本当に忘れます。

そのたびに、妻の冷たい視線が、、、

テルら

履くつもりはあるんだ!ただ忘れただけ
といっても本気にしてもらえません。
まぁ、今までやってこなかったので信用がありません。

仕事から帰ってきて、スーツを脱いで

あ〜疲れた、風呂にでも入ろう〜と風呂場へ行って、風呂から上がるときに

テルら

アッ、パンツを忘れた
となる訳です。

やると決めたことが、きとんと出来ていないと、また問題です。

やっぱりやるつもりないじゃん!
となる訳です。
信頼関係がガラガラと崩れていく音が聞こえてきます。

数日はそんな感じでしたが少しずつ意識改革していくと、風呂場へ行く前に

テルら

あ、パンツ!忘れるところだった
となり、

無意識にタンスからパンツを取りながら

テルら

あ~疲れた!風呂にでも入ろう〜
へと変化していくことができました。

決して、妻の言った「どうせ私の言うことなんか、、」の言葉を無視している訳ではありません。
人格否定をしている訳でも無視している訳でもありません。

人の嫌がることは少しの努力でできるのであれば直しましょう!ということです。

そんな些細なことから夫婦の信頼関係が壊れていくのです。
夫婦という関係の前に、1人の人間として人格を認めることが必要なのかと。

好きの反対は嫌いではなく無視!

大好きで結婚したはずですが、いつのまにか相手に対して「思いやる」気持ちが薄れたきたみたいです。
油断していたのかもしれません。

好きの反対は「嫌い」ではなく『無視』です。
嫌いという感情があるうちはまだ良い(良くはないでしょうけど)のですが、相手を無視するようになったら夫婦としてはかなり問題です。

知らず知らずとはいえ、「私のいうことを聞かない」ということは、無視をされていると思われても仕方がないことだったのです。

まとめ

何でも妻の言うことを聞きましょう!といった話ではありません。夫婦であっても、相手に一定の配慮をしながら共同生活をしていきましょう!と思うわけです。

結婚して数十年が経過すると、相手を軽視しているわけでありませんが、何となく気遣いが足りなくなってきているようです。

縁あって、夫婦として人生を共に過ごすのですから、どちらかが最期の時には「この人と結婚して良かった」とお互いが思えるような夫婦になれたら良いですね♬

そんな夫婦になれるよう努力していきます!

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